たとえ言葉が風だとしても~開発的ビジネス論序論~

開発とビジネスの架橋を目指した新たなシステムを議論・検討・批判する場です。

ゲームのルール

 本文に誤情報がありました。十分に情報を確認していなかった筆者の責任です。本稿により誤解された方、および無責任な批判の対象となった選挙管理委員会に謝罪致します。申し訳ございませんでした。訂正すべき部分にチェックを入れたので確認ください。


某国選挙に関する現状認識を述べる。以下便宜上、8月に行われた選挙を本選挙、新たに行われる再選挙とする。本稿の目的は、再選挙に伴う準備対応と現状認識にいささかの混乱と困惑が見られるため、再選挙を理解する上での争点の明確化、そして与野党陣営の選挙戦略を概観した上で、安全保障に資する情報を提供することである。

 

 先ず始めに確認しなければならない点は、与党は可能な限り早く、そして野党は可能な限り遅く選挙を行いたいという動機に対する理解である。これは言い換えれば、与党は選挙管理委員会及び選挙システムを変更しない(させない)内に選挙を行うこと、そして野党はそれらを変更した後に選挙を行うことを目指しているということである。本選挙では選挙管理委員会が主体となって選挙を執り行ったが、結果として透明性に欠けた選挙となった。具体的には、不正投票や投票センターから集計センター間での理解しがたい数字の変更、投票確認作業手続きの不備、そして選挙集計プログラムに対するハッキングといった疑惑が指摘され、これらの理由から異議を受けた最高裁判決により、本選挙の結果は無効となった。与党党首は最高裁に対して再選挙を行うことによる時間と金の無駄を批判しているが、これは的を得ていない。そもそも選挙管理委員会による適切な選挙運営が実行されたならば、新たなコストがかかる必要性は生じなかったためである。同時に野党党首は、結果として投票という国民の声を踏みにじることとなった選挙管理委員会の責任と改善を要求している。

 

 「以下、誤情報部分」→責任追及に対する対応として選挙管理委員会は人材の刷新を発表したが、これは現状中身の伴っていない対策となっている。透明性に欠けた選挙を行った責任者が選挙管理チームに残ったまま、新たに人材を加入させたのみに留まっているためである。これは小手先の改革であると言わざるを得ず、国民の不満や不安を解消させる対策とは程遠い。原因を追求し、抜本的な対策を行うためには、失敗を犯した責任者を選挙管理チームから除外すべきだろう。←「以上、誤情報部分」また、論争になりやすいICT担当官には第三者による外部の監視チームを用いるという方法もある。「以下、誤情報部分」→現状を考えれば選挙失敗に対する対策は進んでおらず、仮に再選挙が行われたとしても同様の失敗を繰り返す可能性は依然として高いと言わざるを得ない。この点に関しては今後共論争のやり玉に挙げられるだろう。←「以上、誤情報部分」

 

 次に確認しなければならない点は、与野党の選挙戦略である。野党の選挙戦略は「透明性の高い選挙を実現することで世論の過半数に支持されている野党の勝利を目指す」というものである。これは2008年選挙、2013年選挙と疑惑の多かった選挙の際の野党の態度をみれば理解が容易である。野党はそれらの選挙で自らを実質的な勝者とみなしており、本選挙が始まる以前より一貫して不正排除をテーマとした戦略を進めてきた。何故ならこの点が本選挙、再選挙における野党による最大のテーマであり、この問題に十分に対処できなかったため、2008年と2013年に敗北を喫したためである。選挙管理委員会責任者の交代、野党独自の集計センターの開設などがこれにあたる。これらの戦略が変更されることはなく、再選挙においても透明性を確保するための戦略を推し進めるだろう。だからといって野党自らが不正を犯さないという保証がない点には留意しなければならない。

 

 対する与党の選挙戦略については、SNSやブログで述べるには限界がある。与党の選択肢は数多く残されてはいない。実現可能且つ効果的な戦略はおそろく2つだろう。一つは本選挙と同様の戦略、即ち選挙前に多くのコストをかける、組織的な戦略である。もう一方の戦略は選挙そのものを壊す戦略であり、それはケニアの政治史上既に発生している。どちらか一方、あるいは併用しての再選挙となるだろう。与党がどのような戦略を取るかは未だ判明していないが、それは住民間の言説の中で確実に顔を出すことになる。

 

 いずれにせよ、安全保障の観点からいえば、住民レベル、草の根レベルでの情報収集を幅広く行うことが対象地域内における安全確保に重大な意味をもたらす。

 

 様々な立場に様々な方がおられるし、立場や所属コミュニティによって難易度は変化するかもしれない。それでも私は本選挙及び再選挙の分析は比較的容易であると指摘する。指摘し続ける。争点と問題点が顕在化しており、適切な分析の枠組みを当てはめやすいためである。これは社会にとっては決して良いことではなく、顕在化は同時に深刻化を意味している。

 

 上述した問題点に対しても、おそらく今月内に答合わせができる状況となるだろう。分析のポイントも既に述べた。私が期待しているのは、あからさまにむき出しとなっているこれら問題に対して、何らかの対処策が施されることである。同じことを繰り返すべきではない。


訂正部分注記。


選挙管理委員会内の人材配置を行い、本選挙時の責任者は再選挙において選挙管理チームに加わらず、新たな人選からなるチームで選挙を実施します。チェアマンを除く。


組織内での人材再配置がどこまで透明性のある選挙に貢献するかについて検討が必要ですが、新たなチームに期待しています。


情報確認を怠り、いらぬ誤解と批判を招きかねない情報を公開したことを猛省します。

「私はこの国に疲れてしまったよ」と、彼は言った。

 穏やかな日だった。この頃続いた雨が嘘の様に去り、頭上には爽やかな青空が広がっていた。オフィスが面する路地では子供が石を蹴飛ばして遊び、通り向かいのアパートでは女性が洗濯物を干していた。溜まった家事を一気にこなすのにはもってこいな、そんな穏やかな日だった。

 

 休憩がてらに庭で水を飲んでいると、来訪者が現れた。私の友人だった。大手のメディアで長年ジャーナリストを続けてきて、これまで歴代の大統領を含む名だたる政治家とも対談を行ってきた人物だ。今は独立し、会社を経営している。

 

 この頃顔を合わせることもなかったので、積もる話はいくらでもあった。その中で、最近紙面を賑わす某氏の変死事件に触れたのは当たり前のことだったかもしれない。その事件に関して様々な憶測が乱れ飛び、紙面やSNSだけではなく、日常生活の中でも密かに議論が交わされていた。

 

 状況だけを見れば、誰が何のためにその事件を引き起こしたのか、嫌になるほどあからさまであった。しかし、多くのメディアが取り上げたにも関わらず、肝心の情報については綺麗に空白で埋められていた。

 

 少し話が進んだとき、彼は唐突に切り出した。変死した某氏は、彼の親戚らしい。とても優秀で海外にも留学経験があり、この国の将来を支える人物と周囲から期待を受けていた。そんな人物が突然、殺されてしまったのだ。ただ殺されたのではない。拷問された上で殺されたのだ。

 

「状況を見れば、誰が何のためにやったのかなんて分かりきっていることじゃないか。なぜメディアは報じないのか。それも分かりきっていることじゃないか。報道できないのだ。既に現場に圧力がかかっているからだ。今新聞を読んでも何も意味がない。それが今のこの国の現状なんだ」

 

 いつも陽気な彼の表情が、その時は曇っていた。そんな表情を見るのは初めてだった。私は彼の悲しみに歪む顔を見たくはなかったが、きっと私も同じ顔をしていたのかもしれない。

 

 彼の顔を見て言葉を失い、少しだけ沈黙が続いた。どこかに出口を求めて彷徨うかの様に、彼はぽつりと呟いた。

「私はこの国に疲れてしまったよ。疲れた。本当に疲れたよ。」

 

 言葉通り、何もかもに疲れ切ったような表情をして、彼はそう言った。頭の中で彼の言葉を反芻した。これまでも、おそらくこれからも、私はそのような台詞を人生で吐くことは無いだろう。その事実に気づいたとき、私は腹の底にある冷たい鉛の感触を自覚した。

 

 再び沈黙が続いたあと、彼はビジネスのことで調べ物があるといってオフィスに戻っていった。その姿は、何とか会社のことで頭を埋め尽くし、認めたくはない現実から逃れようとしている様にも見えた。

 

 私は何をする気にもなれず、一人屋外に取り残された。路地ではまだ子供が石を蹴って遊んでいるだろう。通り向かいのアパートでは既に洗濯物を干し終え、一息ついていることだろう。頭上には爽やかな青空が遠々と続いている。

 

 穏やかな日だった。どうしようもなく穏やかな日のことだった。

 

 そのことが私の眉間に皺を刻ませ、歯を食いしばらせた。

豊かな市場、脆弱化する社会

〈好調なケニア市場〉

 ケニアはここ数年FDI(海外直接投融資)額がドカンと跳ね上がっている。世銀のデータを見るとそれは顕著で、2013年からの伸びはもはや驚異的というべきだろうか。

http://data.worldbank.org/indicator/BX.KLT.DINV.CD.WD?locations=KE

 2016年に公表された在アフリカ日日系企業に対する調査(JETRO)では、今後ケニアを最有力な投資先としてみる企業が多いようである。

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/cd657477753a916f/20150179.pdf

 先ず筆者の立場から言えば、今後ケニアの市場に将来性があることは間違いがないと考えている。筆者はナイロビで行われているビジネス展示会に頻繁に参加しているが、先進国企業に加え新興国企業(たとえばベトナムインドネシアなど東南アジア企業、イランやUAEなどの中東企業)が精力的にビジネス展開を狙っている。これはまた別の記事で取り扱いたい。

 21世紀のアフリカ社会における最も劇的な変化は、経済成長の源泉となった一次資源価格の高騰ではなく、筆者は「アフリカが市場として認識された」ことだと考えている。

 これは経営学者であるプラハラードが提唱したBOPビジネスという概念がもたらした影響が極めて大きい。そして、その後資源需要がもたらした投資循環がサブサハラの経済成長に貢献した。膨大な内需に関しては慎重に議論しなければならないため、ここでは省きたい。

 

 今一度世銀のデータを参照して欲しい。2007年末から2008年初頭にかけて発生した選挙後暴力、そして2008年中盤に露呈したリーマンショックは直接的、間接的にケニアに影響したことだろう。1997年に発生したアジア通貨危機の際にも、アジアから遠く離れたアフリカ市場から資金が引き上げられた過去があった。グローバル市場がもたらす連関性は現在その繋がりを増し、別地域の出来事のはずが、アフリカに直接的な影響をもたらすようになっている。

 その後の好調を説明する多くの理由は、中国の経済成長とそれがもたらす資源需要に集中するだろう。

そうした背景を考慮しつつも、一度市場として認識されたケニア市場の将来性は明るいものであると考えている。東アフリカの中心国であり、近年ではM-PESAに代表される革新的かつ意欲的な技術挑戦がこの地で始められた。現地にオフィスを構える外国企業ではポスト中国議論を始める企業もあり、アフリカビジネス戦略のある意味では最先端を走っているとも考えることができる。こうした活気がナイロビにはあるのである。

 

〈脆弱化する社会〉

 その半面、社会が脆弱化していることも表面化している。中間層の伸びは鈍く、労働者の中でフォーマルセクターとインフォーマルセクターの労働者の比率は拡大傾向が始まっている。好調なGDP成長の反面、人口で見た失業者数やギリギリの生活に耐える人々の声は増大しているのだ。強調しておかなければならないことは、中間層の絶対数は着実に伸びていることである。しかし、それを上回る脆弱者層の人口増があるということである。

 特に若年層のフォーマルセクターへの就職が困難であることはもはや社会問題となっている。「金持ちの財布はどんどん大きくなっていく、私達は財布に入れる金もない」という言説を、筆者は様々な層の若者から頻繁に聞いてきた。ナイロビ大で勉学を修めた若者がスラムで暮らさざるを得ない現状があるのである。先進国が政府に求める再配分機能を、現在のケニア政府に求めることは酷であるかもしれない。能力的、システム的に多くの困難があるからである。その一方で役人の汚職問題には事欠かなく、脆弱層を中心にした役人やアッパー層に対する感情がもはや憎悪と呼べるほどに膨れ上がっている。彼らも当たり前に平和と安定を求める、普通の人間である。だからこそ、現在の社会構造とそこから利益を享受するアッパー層に対する不満や怨嗟は、表面上どのように振る舞おうと、その心の奥底では決してなくならないのである。そして、その中には全てを諦めてしまったかような人間も筆者は相当数見てきている。

 

〈よく乾いた火薬庫〉

 こうした不満や鬱憤が点火する機会がケニアでは5年毎に回ってくる。それが選挙だ。政治にもはや期待をしない者を除き、こうした憤りを政治家に託し、何とか現状を変えてくれという叫びを込めて投票する者がいる。反面、既得権益にある者は決してこの構造を変革させてはならず、恐怖と期待をごちゃまぜにしたような気持ちが投票を促す。ケニアで悲劇的なことは、こうした利益構造が歴史的に民族というくくりに深く結びついてしまったことである。ケニアでの民族の歴史は植民地政策まで遡る利益と暴力に彩られている。元々ケニアでの民族はゆるやかなものであり、比較的簡単に民族の変更、つまり他民族への流入と受け入れが行われていた。それが今では暴力を巻き起こす主要因の一つとなっている。

 筆者は現在のケニアを「よく乾いた火薬庫」であると認識している。これは紛争分析で用いられる2つの分析軸である、構造的要因と引き金要因から想起したものである。つまり、簡潔に説明しようとするのなら、構造的要因(火薬の量と質)と引き金要因(その火薬に点火するきっかけ)を考えた時、こうした表現が思い浮かぶ。民主的な選挙が本格的に導入された1992年から、ケニアでは選挙が行われる5年毎に暴力が発生するのではないかという恐怖に人々が曝されている。とある研究者は、「五年ごとのリボルバーロシアンルーレットを行うようなものだ」と発言していたが、筆者も同感である。それでは暴力が発生しなかった場合はどうであるかというと、単に幸運が重なっただけである。残念ながら火薬は現在も着々と積み重なっている状況で、GDP成長がその火薬を湿らすことは現在のところ考えることは出来ない。そして、五年毎に来る点火のきっかけからは逃れることは出来ない。

 2013年の選挙は特殊であったが、今回の選挙も異質なものとなるであろう。ケニアで史上初めて、セカンドラウンドまで突入する可能性があることだ。両陣営で奇妙なことは、ファーストラウンドでの一発勝負で決着をつけることを念頭に置きつつ、セカンドラウンドの可能性を考えた戦略を実行しなければならないことだろう。安全確保を行わなければならないものにとっては、対応が難しくなるかもしれない。

 2008年の選挙後暴力では中国人商店に対する襲撃事件が目立つ事例があった。背景にある正当化理論(そして誤りがある)は「外国人がケニアで搾取している」、だ。それでなくとも、現地コミュニティで少しの摩擦が余計にもつれる場合がある。選挙前後は電子機器など価値の高い物資は引き上げることも検討すべきかもしれない。

 市場だけに目を向ければ、ケニアには意欲的な未来があるといえるかもしれない。しかし、それを支える社会の先行きは誰も見通せぬままである。

2017年選挙後暴力に備えるナイロビ市民

〈避けられない危機なのか〉

 弊社がWEBメディアに加えて調査事業を行うことに関しては前回記事で触れた。弊社が現在進めている調査は、新興中間層地域にあるスーパーマーケット利用者の基礎的な家計調査だ。ときに投資理由として、ときに経済成長の根拠として新興中間層は取り上げられるが、その実態まで精査した調査はあまり行われていない。本調査は新興中間層でも将来的にビジネスターゲットとして設定されることが多いと思われる、チェーンスーパーケットの利用者を対象に1000世帯に対する定量調査を進めている。調査内容は主に所得、消費、貯蓄、所有財産についてである。このデータはデータスクリーニング後に無料で公開する予定なので、必要としている個人あるいは法人があれば私か会社まで連絡してほしい。選挙の影響がなければ8月2週目を目処に公開できるはずだ。

 今回は本調査で得られている定性部分、つまり現在の住民の動向を伝えたい。また、本稿で指すナイロビ市民とは、厳密には「新興中間層のチェーンスーパーマーケット利用者」を指していることに留意されたい。

 ナイロビ市民が現在進めていることは、選挙後暴力に備えた飲食物を蓄えることだ。前回記事で少し触れた2008年の選挙後暴力では、暴力が発生した期間中にスーパーマーケットが閉鎖し、暴力問題と同時に食料問題が発生した。そのため、ナイロビ市民は比較的安全な現在から飲食物の備えを始め、危機に対処しようとしている。調査員からの聞き取りによれば、小魚の乾物やウンガ(メイズの粉、主食であるウガリを作るもので、本来は商品名)、小麦粉など日持ちのするものを中心に備蓄が行われている。日本であればインスタントヌードルの備蓄が進むかもしれないが、ケニアでは未だ馴染みのある食品とはいえず、普及活動が進められている段階だ。将来的に災害や危機発生時にケニアでもインスタントヌードルの有用性が認識されるかもしれない。

 

〈直撃するウンガ不足〉

 ケニア北部あるいは北東部を直撃した干ばつの影響で、ウンガの値段が上昇したり、品不足になっている現状があることをご存知だろうか。現在でも品不足気味の状況は変わらず、選挙後暴力対策用の備蓄も相まって、ウンガの需要と供給のギャップは拡大している。ケニア政府はウンガ対策で後手に回り、未だ十分な対策が実行されているとはいえない。

 国民の主食が不足気味となると。一体誰が被害を被るのか。それは多くの場合、経済的な弱者、つまり貧困層や下位中間層だろう。人口比で見た彼らは国民の多数派を形成している。こうしたウンガ不足が選挙結果に直接的な影響を与えることは最早避けられることではなく、選挙を振り返ったときの一番のターニングポイントとなることだろう。食が豊富で多様な我々日本人には理解しきれないかもしれないが、こうした経済的に弱い立場の者にとって、ウンガを唯一の生命線と認識しているものも相当数いるだろう。筆者の調査チームは全てスラム住民で構成されている(しかし、カレッジ卒業者や大学卒業者が大半であり、ナイロビ大卒の調査員もいる)。彼らから聞き取りを行うと、暴力が間近に迫っている中、ウンガ不足が与える精神的負担は甚大であると言わざるを得ない。

 

〈ナイロビ市民の暴力認識〉

 多くのナイロビ市民にとって、2017年選挙後暴力とは「可能性がある」とか「可能性が高い」とかではなく、むしろ暴力発生を前提とした食料確保が必要な状況と認識されていることだろう。暴力の有無を論じる段階と暴力を前提に備える段階とでは天と地ほどの差がある。調査員からの聞き取りによると、2013年選挙と比較した時、今回の対応には強い危機感を感じ取っているようである。その点には筆者も同感である。今回選挙は前回選挙とは明らかに性質が違うものであり、暴力が発生することを止められない構造的問題がある。本稿ではそれらに対する説明を省くが、日本人の我々も暴力発生を前提とした行動が必要があると指摘したい。

 ナイロビ市民、いや、ケニア国民には2008年の選挙後暴力は未だ過去のものではなく、現在もその恐怖を覚えているものが多い。悲惨な過去から得られた教訓が現在の彼らの対応を促しているのならば、やりきれない気持ちを感じる。しかし、備えが必要なことに間違いはない。何もないことが一番であるが、状況はそれほど楽観的ではない。

 

〈日本人に必要な備えとは〉

 基本的な安全対策は大使館から指示に従えば間違いないだろう。2008年の暴動時に被害者を出さなかった大使館の対応は素晴らしく、適切であった。今回も大使館の指示に従うことを前提に、必要であればその他の対応を加えていくということがセオリーになる。

 何点か状況を確認すると、必要なことが見えてくるかもしれない。先ず、ナイロビ市民と同様に飲食物の備蓄を勧めるべきだ。選挙が近づくに連れて品薄状態は進むことだろう。早期の行動が重要である。加えて、十分な現金(シリング、米ドル)の確保だ。暴動が与える社会的影響は計り知れない部分があり、カードを所持しているだけでは対策は十分とは言えないだろう。危機が発生したときに強いキャッシャを確保し、場合によって別地域の避難を行える体制を整えておけば最善である。

 日本人コミュニティの中で危機が過ぎるまで留まれば、おそらく大きな問題にならないと想定している。しかし、近年ではケニア人コミュニティに近い立ち位置で活動されている方も増えているため、ぜひ十分な警戒と備えをもってほしいと思う。

人生で一番重い握手の話

 私はケニアで会社を立ち上げ、事業を開始する直前の立場です。事業の中身はWEBメディアと調査(家計&意識調査)を行う予定で、既に取材や調査を精力的に行っており、これから情報を発信していく段階にあります。

 この事業が今後ケニアにとって、日本にとって、世界にとって必要なものだという確信があります。この事業をやらなければならないという決意と覚悟があります。しかし、「なんでそのビジネスをやろうとしているの?」という当たり前の疑問に対して、上手く伝えることができていないという想いもありました。正直、色々な思いがありすぎて、上手く言葉にできないのです。だから、少しだけ自分語りをさせて欲しいと思い、この記事を書くことにしました。

 

 私は元々大学院で開発研究を行っており、専門領域はケニアにおける紛争や市民暴力でした。大学院時代は2007/8年に起こったPEV(Post-Election violence、選挙後暴力)と呼べれる大規模な暴動(国内紛争)の調査のためケニアで現地調査を行い、大学院と大学の合同調査チームの一員として2013年に暴力の被害者側を、そして翌年に個人として加害者側(とされている)の村の全村調査を行いました。この研究成果は指導教官との共著論文として、書籍にも掲載されました。これは、2013年の合同調査終了後、加害者側村の調査を行うための事前調査を行っていた時の話です。

 

 

〈平和な村の現状、忘れざる歴史〉

 チームのメンバーが帰国する中、私は二人でケニアの農村を歩いていた。傍らにはリサーチパートナーの男がいる。ここら辺で活動しているコミュニティワーカーで、かなりそそっかしい男だが、実直で明るく、頼りになる男だ。

 乾いた空気が喉を刺激する中、私は空を仰ぎ見た。よく晴れており、雲は少なかった。この地域の天候は正直だが変化が激しく、雲が出始めると途端に気温が下がり、大量の雨が降り出し、時には雹が降ることもあった。一度雨が降り出すと舗装されていない道路は途端にぬかるみ、まるで底なし沼のようになることもある。私達はゴム長靴をぺったんぺったんと鳴らし、ひび割れた地面を踏みしめ、汗を流しながら一軒一軒民家を歩き回った。

 歩けど歩けど、なんの変哲もない、ケニアの牧歌的な農村が続く。たまに頭上でひばりのような小鳥が鳴き、道行く人は日本から来た異邦人に優しく挨拶をしてくれ、子供たちは「チャイニーズ(中国人)!ハバリ(調子はどう)!?」と、アジアから来た珍客に声をかけてくる。そして、だるまさんが転んだでも遊んでいるかの様に私の後をついてきて、私が振り向くとキャッキャッと逃げ出していった。実際に現場を歩いても尚、いや、実際に現場を歩いたからこそ、五年前にこの地域で「ケニア史上最悪の悲劇」とまで形容された凄惨な事件が起こったとは信じられなかった。しかし、調査を進めるに連れて、ここで悲劇が起きたことを思い知らされるようになるまで、さほど時間はかからなかった。

 

〈消えぬPEVの記憶〉

 調査は難航を極めた。今回の調査は、翌年に予定する対象村Xの調査が果たして可能かどうかを見極めるため、周辺の農村を回って情報を集めるためのものだった。近年の紛争研究ではミクロ家計調査を基にした政治的、経済的、そして社会的な要素を盛り込んだ調査手法が開発されており、同時にその難しさが論点となっていた。

 これは少し考えれば分かることで、紛争発生地を練り歩き、情勢が不安定な中で被害者や加害者に対して聞き取り調査を行うという、調査実行者にまで危険が及ぶ可能性が高い手法だからだ。しかも、定性的な聞き取り調査ならば明らかに危険な者は除外して調査を勧めることができるものの、定量調査では相手が誰であっても、たとえばこちらに明らかな敵意や不信があったとしても、対象がその村の住民である限りは調査対象者から除外することはできない。予定する調査は被害者側ではなく加害者側の村で、あまり前例のないことだった。対象村Xは暴動時の加害者が多く居住しているという村だった。

 こうした状況下で周辺農村の住民に対する調査を進めたが、厄介事や危険に巻き込まれたくはない村民が多く、あるいは調査そのものに対する高い警戒心によって、口を閉ざす者も少なくはなかった。ケニアでは一概に調査に対する警戒心が高い、といっていいだろう。これは多くの場合政府や政府よりの公的機関に対する恐れが強いため関わりを持ちたがらず、能動的に調査に協力するものが少ないからだといえる。たとえ調査実施者が政府関係者ではなくても、調査アレルギーとでもいうものが強く影響している。

 私とパートナーは住民の不安を和らげ、こちらの目的を明らかにし、調査に協力してくれるように辛抱強く歩き続けた。日本人とケニア人のペアに対する不信や疑念は深かったが、それでも住民が信頼してくれるまで歩き続けることを決心していた。流した汗の分だけ信頼を得られるのではないかと、パートナーと何度も話しあっていたためだ。その結果、PEVという忘れがたい恐怖をその身に刻みながらも次第に多くの住民が口を開き、助言をしてくれるようになった。彼らに対するは感謝を今でも忘れることはできない。

 

〈ある男の独白〉

 いつもの様に農村を歩いていたとき、私達はいつも遠巻きに眺めていた小広い原っぱのようなところに、家が一軒あるのに気がついた。入り口は小さく、枯れ木と草のバリケードに覆われていたため、これまで見落としてしまっていたようである。よくよく見ると、その原っぱはよく手入れがされていて、端には目立たぬように車が二台止めてあった。周辺の農村で車を所有しているものは数えるほどであり、明らかに中間層以上の世帯であることが分かった。

 調査に協力してもらおうと入り口から家の方に向かって声をかけたが、返事はなかった。さてどうしょうか、少し休憩でもしようかとパートナーと話していると、中から怪訝な顔をした男性が歩いてくるのが見えた。

「お前たち、ここで何をしている」

「私達は学術的な調査を行うため、この一帯を歩いている者です。これまで村長を含め、多くの方に協力していただきました。ぜひ貴方にも話を聞かせていただけないでしょうか」

 私は質問表を片手に、汗をかきながら必死に訴えた。男性の表情が晴れることはなかったし調査に協力するとも答えてくれなかったが、あまりに疲労困憊な私達を見て、とりあえずお茶でも飲めと庭に招いてくれた。

 どうやら私達が原っぱだと思っていたところは、彼の家の庭であるようだった。周辺の農村を歩き回ったが、ここまで広い土地を所有している世帯はなかった。私達は椅子に座りながら、彼が持ってきたお茶を飲みながら一休みをした。本題に入る前に、先ずは世間話から入った。いきなり調査の説明をしても、調査に警戒心をもっている人を驚かせ、より警戒されるだけだからだ。この前雹が降った時は背中にバチバチあたり痣(あざ)が消えなかったとか、履きっぱなしのゴム長靴の中の臭いがひどいことになっているだとか、実家の祖父母は農家で玉ねぎとメイズを作っているだとか、くだらない話も交えながら男性の反応を見てみた。

 男性はまるで何かを拒んでいるかのように、表情を変えなかった。これまで多くの住民に対して聞き取りを行っていたが、彼の様な反応は初めてであった。

 世間話にも限界がきたため、少しずつ調査のことを話し始めた。この周辺の地域で何があったかは知っている。それが今でも忘れられないことだということも。外部者がこんなことを聞くことはとても失礼なことなのかもしれない。それでも、話を聞かせてはくれないだろうか。無理にとは言わない。ただ、現状を伝えて、理解してくれる人を増やして、少しでも良い方向に変えることができたら。そんなことを彼に伝えた記憶がある。

 彼の表情は変わらなかった。既に数十分が経過している。聞き取りがスムーズにいけば、一世帯分の調査が終わっている頃だ。

 パートナーが小声で話しかけてきた。

「マサ、もう別の世帯の調査に切り替えた方がいいかもしれない。彼は話す気がないようだし、ここで時間を使いすぎたら今日の分の調査が終わらない」

 パートナーの言い分はもっともだった。無理に話を聞こうとしては、私達にとっても彼にとっても負担になるだけだ。聞き取り相手の心情を慮って、決して話すことを強制しないというのが、私とパートナーの約束でもあった。しかし、私はこう答えた。

「君の言うとおりだ。しかし、彼には何か違うものを感じる。話そうとしていないかもしれないが、何か迷っている様にも見える。こういう相手だからこそ、話を聞かなければならないと思うんだ。俺は彼の話が聞きたい。ゆっくりやろう」

 これまでバックパックを担いで、いろいろな国に周り、時には軍事政権下のミャンマーでタブーとされている話題にまで踏み込み、多くの話を聞いてきた。本当に彼が話したがらないなら、私にはそれが分かるはずだ。しかし、目の前にいる彼は、話そうとはしないが、どういうわけか話したがっているようにも見える。私は彼が口を開くまで待ってみようと思った。ゆっくりとお茶を飲みながら、彼が反応しないにも関わらず、たまに思い出したかのように話しかけてみた。今日はいい天気だな。ここは緑も多いし、美しい村だ。すれ違う人も親切に挨拶をしてくれる。子供がからかってくるのはちょっとまいるなあ。ここで「あんなこと」があったなんて、やっぱり自分には信じられないよ。

 それは独り言に近いものだった。

 そんなことを数十分続けていたら、男性が小さい声でぽつりと囁いた。それは唐突だったが、自分には妙に自然に思えた。一度口を開いた彼は、小さい声ながら、しかし途切れることなく話し始めた。彼は私というより、自分自身に話しかけているようだった。彼の言葉もまた、独り言に近いものだった。

「私はここでは少数派の民族なんだ。少数派の民族がどういう気持でここで生きているか、分かるだろうか。私は車も持っているし、大きな土地も持っている。とても目立つんだ。少数派の民族の人間がどういう気持でここで生きているか、分かるだろうか。とても怖いんだ。周囲の人が襲ってくるかもしれない。ただでさえあんなことがあったのに。ここで生きることは私みたいな人間にとって、とても難しいことなんだよ」

 彼の独り言をただ黙って聞いていた。彼が話す度に、彼が何故あんな表情をしていたか、話し出せなかったのか、少しずつ理解しはじめた。彼は長年、この地でそうした不安や恐怖を抱えながら生きていたのだろう。周辺の村を調査していて、この一帯が決して裕福ではなく、むしろ貧しい地域なことは分かっていた。さらに、悲劇が起こった村からほど近く、この村の中でも暴力が猛威をふるっていた。その不安や恐怖は、PEVが終わって五年が経っても決して薄まることはなかったのだ。彼は日常の中でそうした恐怖や不安と戦ってきたのだろう。彼が何故話すことを躊躇したか、話し出せなかったかが、胸が痛くなるほど伝わってきた。同時に、私は無理に彼の話を聞こうとしたことを後悔した。日本人の私には決して理解し切れないのではないかと思えるほど、ここでは民族と暴力が深く結びついているようだった。

 

〈人生で一番重い握手〉

 彼の話が終わり、私達はまた別の世帯へ移動しようとしていた。

「ありがとう。ただただ、感謝している。貴方の話をきけてよかった。私達も、貴方から聞いた話を忘れず、もっと多くの人の想いに接していきたい」

 彼は何も答えなかったが、黙って私の目を見つめながらを握手をした。重い、とても重い握手だった。

 私も彼の目をじっと見つめたまま、少しの間、動くことができなくなった。彼の顔には、これまでの人生に対する疲れや、やりきれなさの様なものが顔を覗かせていた。それに反して、彼の目は何かを強烈に訴えているかのようだった。私達は無言で手を繋ぎ続け、その間一言も発することはなかった。しかし、彼の目は私に向かって、確かに叫び続けていた。

 頼む、と。

 彼と別れ、私達は次の世帯へ向かって、道を歩いていた。その間、私は彼の最後の言葉について考え続けていた。正直、彼が私に向かって何を伝えたかったのか、何を頼まれたのかは今でも分からない。それでも、最後の言葉が頭からこびりついて離れることはできなかった。

 私はとうとう歩くことができなくなり、後ろを振り返り、彼の家がある方を見つめた。この先、彼の言葉は伝わるのだろうか。だとしたら、一体誰が伝えるのだろうか。普通の調査者ならば、聞き取りを辞めてすぐに次の世帯へ移ってしまうのではないか。一体彼は何故私に打ち明けてくれたのだろうか。彼の叫びが、誰かに届くことはあるのだろうか。

 私はきっとその時、立ち止まってしまったのだと思う。立ち止まったまま、今でもそこから一歩も動けずにいるのだと思う。普通ならば途上国で見たことなど、日本で過ごす日常の中に消えてしまえばいいのかもしれない。自然に消えていくことなのかもしれない。しかし私にはそれができず、今でもあの日にした握手の重みが右手に残っている。

 彼の言葉を伝えるべきだ。彼の言葉を伝えなければならない。そうした思いが今でも胸の中にある。ただ、知ってほしい。こういう現状があることを。その気持を変えることができなかった。

 PEVが終わってから10年、彼の叫びを聞いてから4年が経つ。昨今のアフリカ熱の高まりは、飛ぶ鳥を落とす勢いである。ケニアではTICAD6が終わり、サブサハラ・アフリカの中でも最も有望な投資先として注目を集めている。それらの言説を一概に否定しようとは思わない。しかし私はこの国が抱える現状を、より冷静に、より深くしらなければ、この先この国で大きな問題が起こるのではないかと思っている。彼の抱えている問題は、別に彼だけの特別な問題ではなく、多くのケニア人が抱える共通した問題だからである。そうした問題は研究や報道で伝えられることはあるが、ケニアを取り巻く熱狂の中に消えてしまっている。

 あの日にした握手の重みが今も右手に残っている。冷静に、深く、人々の思いによりそった声を、そのまま届けたい。それがあの日から今も変わらない、私の願いだ。

ナイロビスーパーマーケットありすぎやろ問題

 ナイロビの街中を歩いていると、チェーンスーパーマーケットがよく目立つ。近頃借金や給料遅配や店舗撤退が何かと話題のスーパーマーケットだが、現場を歩いていると「そりゃそうなるやろ」と思う場面もちらほら。

 

 たとえばこんな感じである。通りの向かいにスーパーマーケットが向かい合うのはのは序の口。歩いて2~3分のところにあるのもまだまだ。凄い例になると有力スーパーマーケットが仲良く隣り合う形で店舗展開がされている場合もある。若干の差はあれど、取り扱う商品に目立った違いはない。価格も同様である。

 

 はっきりと差別化できていないにも関わらず隣り合うこのような店舗展開をしていれば、当然採算をとることは難しくなる。チェーンスーパーマーケット業界全体を見ても供給過剰な状況といっていいだろう。

 

 また、新興中間層地域では、ショッピングモール内にスーパーマーケットを開いたものの、すぐに撤退する例も目立つ。ところによっては休日は賑わいをみせるショッピングモールもあるが、概して空き店舗が目立ち、ひどいところでは休日なのにゴーストタウンならぬゴーストモールと化している。

 

 こうした出店と退店を繰り返しながら、スピーディーな経営を目指しているという説明も聞いたことはある。しかしその中身はどうもイケイケとは限らないようである。

日本の「一人あたり国民総所得」は右肩上がり~アフリカ経済指標の誤解と曲解~

〈過熱するアフリカ報道〉

 この頃はアフリカのマクロ経済を巡り、経営コンサルタントエコノミストなど、様々なアクターが積極的に情報発信をしている。週刊誌にもアフリカ経済の情報が取り上げられることが多くなり、開発研究に関わっている筆者としてはより開かれた議論が展開されることを望んでいる。

 しかし、中にはより慎重に問題を考えた方が良い事例も少なくない。その一つがアフリカにおける中間層論である。たとえば、このような主張が散見される。「アフリカは一人あたり所得が向上しており、中間層の人口増加も進み、市場としての存在感が増している」。この説明は多くの問題がある。結論から述べたい。

 

1. 一人あたり所得の増加が、そのまま中間層人口の増加に繋がる訳ではない

2. 中間層人口の絶対数は伸びているものの、人口比率でみた中間層割合の伸びは確認されていない

3. 経済指標を正しく理解しなければ、投資判断や事業判断に誤りが生じる可能性が高い

 それでは、一つずつ説明をしていきたい。

 

〈マクロ経済指標と平均年収~日本の一人あたりGNIを参考に~〉

 おそらく、週刊誌などで散見される上記の説明をする者の多くが一人あたりGNI(国民総所得)を参照して、主張を展開していると思われる。GNIの分かりやすい説明はSMBC日興証券の説明を参照されたい。

GNI│初めてでもわかりやすい用語集│SMBC日興証券

 さて、マクロ経済指標を理解するコツの一つとして、最も分かりやすい例、つまり自国の数字を見てみる方法がある。世界銀行のデータベースを見てみると、日本の一人あたりGNI(購買力平価)はここ25年ほど、順調に右肩あがりであることが分かる。ちなみに、アフリカ諸国(サブサハラ)も順調に右肩あがりである。上が日本、下がアフリカ諸国のデータである。

GNI per capita, PPP (current international $) | Data

GNI per capita, PPP (current international $) | Data

 この数字を見て驚かれた方も相当数いるのではないか。何故なら、近年の日本の経済状況は非正規雇用者の増加、平均年収(厳密には給与所得者、つまり雇われて給料を貰う者≒サラリーマンが対象)の継続的低下などあまり景気の良い話は聞かないからだ。国税庁民間給与実態統計調査を参照すると2005年を基準にして、ここ10年で平均給与は年間437万円から420万円に減少している。

http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2015/pdf/001.pdf

 統計局の調査によれば、2016年の日本の総労働人口は6648万人で、その内雇用者は5729万人である。つまり、国民の大部分がサラリーマンの日本で平均年収が下がり、一人あたりGNIは上がるという現象が起こっている。

http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/index1.pdf

 一人あたりGNIを見て、「日本は一人あたり所得が向上しており、中間層の人口増加も進み、市場としての存在感が増している」と言われてみると、違和感を感じないだろうか。なぜこのような現象が起こっているのかというと、極めて単純である。一人あたりGNIという指標が、国民が実際に受け取る所得や中間層を表す数字として意味をなさないからである。

 

〈正しいマクロ経済指標の理解とは〉

 そもそもGNIとは何かを考えると、国民が年間新たに生産した財・サービスの付加価値の合計である。実際の所得ではない。そして、一人あたりGNIはこれを単純に人口で割った数字である。それ以上でもそれ以下の意味も無い。たとえば、人口の99%が現在の所得から半分ほど年収が下がり、残りの1%がミリオネアやビリオネアになった場合、一人あたりGNIは上昇する可能性がある。言い換えるならば、平均値に分布を表す意味は存在しないため、一人あたりGNIを用いて中間層が増加しているとか減少しているとかは言えないということである。より正確には、一人あたりGNIを用いて中間層の増加を何とか説明する手立てもないではないが、そのためには厳密な根拠と正確な理論が必要になる。しかし、現状のアフリカマクロ経済に関する報道では、こうした根拠と理論は見受けられない。よって、それらの報道を鵜呑みにすることはできないのである。

 

〈中間層実態と社会背景〉

 ここでは白戸圭一氏の中間層論を参照されたい。この論文を参照すると、ILO定義ではアフリカで中間層の割合はほぼ変動していないことが分かる。

http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2016-04_004.pdf?noprint

 これまでの議論を踏まえた上で、このような反論があるかもしれない。「アフリカで一人あたりGNIが上昇していることは実際の所得向上や中間層の増加を表す数字ではないが、それらを否定する数字でもない」。その通りである。そのため、現実のアフリカ諸国の現状を考えてみよう。

 アフリカ諸国で働く労働者の大半はインフォーマル部門の労働者である。つまり、企業に属さず、また多くの場合税金なども払わず、靴磨きや露天商、密造酒の製造やウェイター(ウェイトレス)として、その日暮らしに近い生活を送る人々である。ILO(国際労働機関)専門家のフレデリック・ラペイエ氏は「アフリカでは多くの国で農業外就業人口の半分以上をインフォーマル経済の就業者が占め、例えばタンザニアでは76.2%、マリでは81.8%に達しています。」と発言している。

事象解析:インフォーマル経済: ILOの新基準を用いてインフォーマル経済の罠から抜け出す方法

 加えて、近年のアフリカ経済の問題として、雇用なき成長とか貧困削減なき成長という言葉がある。華々しいGDP成長に比べて雇用が増えておらず、貧困削減効果が薄いのではないかという議論を表した言葉だ。貧困削減がないにも関わらず、中間層人口は増加するだろうか。日本の報道とはまるで真逆の様な問題提起が開発援助機関や開発研究機関から発せられるているのである。そして、こうした現状を踏まえた上で、果たして魅力的な市場へと成長する兆しを見つけ出すことができるだろうか。筆者は積極的に肯定することはできない。

 マクロ経済指標とは経済状態を正しく理解するための補助線のような役割であると、筆者は考えている。日本の様に確度の高い統計データが完備されている国は世界的にみれば少なく、ましてやアフリカ諸国のデータには何かと問題が多い。それらをあたかも絶対解として理解することは、実際の経済状況を誤解あるいは曲解してしまう可能性を常にはらんでいる。経済指標を用いる場合は適切に、尚且つ適用する国の社会背景まで理解して用いなければ、誤解するリスクは跳ね上がるだろう。

 これら経済指標の理解に関する議論は初歩的なもので、経済学部ならば学部レベルの議論であろう。数字は分かりやすく強力であるが、それに振り回されることがあってはならない。冷静な報道が広まることを願っている。