たとえ言葉が風だとしても~開発的ビジネス論序論~

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世論調査が民意と乖離するとき~ケニアの2017年選挙考察~

〈空虚な数字〉

 

 選挙の話題はケニアで最もホットなトピックであり、日常会話の中でも喧々諤々の議論を巻き起こしている。先日、弊社の社員と選挙に関する話題になった時、私は社員にこう伝えた。「ケニアのマスメディアが伝える世論調査で、信頼できる数値を出しているものはない。数字という分かりやすさに翻弄されてはならない」。奇しくも今日のDaily nationでケニア政治学者である、ガブリエル・リンチが選挙と世論調査に関する記事を書いていたので、改めてこの問題について考えてみよう。リンチの記事のリンクは以下のとおりである。

LYNCH: Presidential election could be won in first round - Daily Nation

〈バイアス(偏り)と社会状況〉

 

 先ず始めに断りをいれておくと、これは世論調査を実施している会社の能力の問題ではない。連日紙面では様々な調査会社が行っている世論調査のデータを公表しているが、これらはきちんとした調査設計を元に行われているものだろうと思う。特にIpsosは筆者が信頼する機関であり、そのデータはとても参考にさせてもらっている。それにも関わらず、なぜリンチが「Now, clearly, opinion polls are not an exact science(現在明らかに、選挙に関する世論調査は科学的なものではない)」というような状況になっているのだろうか。リンチの議論はリンクを参照してほしいが、私はケニアで選挙に関する確度の高い世論調査を実施できる機関や組織は存在しないと考えている。理由は主に1. 回答者にバイアスがかかっていること、そして、2. 政治的意見をストレートに発言できないケニアの社会状況を挙げたい。

 先ずは回答者のバイアスについて考えてみよう。選挙管理委員会であるIEBCが公表している投票者として登録された人数は19,611,423人である。それに対して、調査会社が実際に聞き取りを行っている人数はおよそ2000~4000人である。約2000万人に対してそれだけの人数で本当に信頼できるのかという疑問はありそうだが、統計学的にはこれだけの人数を調査すればある一定の信頼レベルを保った、有意な調査ということになる。机上の調査設計としてはまあ問題はない。

 それでは実際に調査を行う上でどのような問題があるのかという論点に移ろう。現在話題に上がっている調査の多くは電話による聞き取り調査である。これは調査会社がストックしている被質問者候補に対して行われているものであり、バイアスがここにある。本来は投票登録者全体(すなわち約2000万人)からランダムに聞き取りを行わなければ確度の高いデータは得られないが、調査会社がストックしているリストはせいぜい数十万程度であろう。なおかつ「調査に対して(取りあえずは)回答する」人達というグループである。実際の投票登録者には仕事が忙しく調査に回答できないものや地方で電気利用が難しく携帯電話の電源を入れたがらない者など、多種多様な非協力者も含まれるだろう。これら調査に積極的に協力するものからのみ得られたデータを投票登録者全体のデータとして代表することはいささか違和感が生じる。

 より重大な問題はケニアの社会状況であろう。多くのケニア人は調査、特に政治に関する調査に非協力的である。これは自らの政治意見を明らかにすることで、自身が所属しているコミュニティから迫害されたり、時には攻撃されるという深刻な事態に発展する危険性があるためである。筆者が実際に聞き取りを行った事例を紹介したい。現在とある地方都市のMCA(日本で言えば市議会議員の様な立ち位置か)をしている男性は、2007年選挙時に所属コミュニティから支持政党が異なることを理由に襲撃を受けた。家は焼き討ちにあい、妻は殺害された。男性の父は負傷して足に後遺症が残り、男性自身も生死の境を三週間さまよったという。民族と政党、そしてそれらをとりまく利権と金の問題はケニアに深く根付いており、人々は日常レベルで政治と権力の脅威にさらされている。残念なことに、こうした政治意見と支持政党をめぐる対立と暴力はケニアにおいて珍しいものではなく、調査主体が如何に被質問者に対する匿名性を約束しようとも、その恐怖まではぬぐいさることはできない。暴力が一旦沈静化したように見えても、少しきっかけを与えただけで何時でも再燃の危険があるものである。世論調査の中には街角でのインタビュー形式のものもあるが、こうした状況で自らの政治意見をストレートに伝えられるものは少ないだろう。もし答えられるものがいるとすれば、おそらく経済的に自立し、コミュニティから一定の距離を保てるものか、あるいは自身が権力を保持しているものであろう。つまり、選挙に関する世論調査に好意的に答えるもの、あるいは答えられるものは必ずしも投票登録者を代表していない。そのため、得られた数字は確度が低いものである。

 

〈実現可能かつ意味のない調査〉

  こうした背景を見た上で再度結論付けるならば、ケニアにおいて選挙に関する確度の高い調査を行える機関は無いということである。取り敢えず数千人の回答を集めることはできる。しかし、そのデータがどこまで信頼に足るデータか、対象全体を代表しているデータかという疑問は解消されない。回答者の安全を確保するため、匿名性を持たせたネット調査はどうだろうか。ケニアでネットに頻繁にアクセスできる人間、それも調査の回答のためにアクセスできる人間は限られているため、やはりバイアスを消しきれない。これまで行われている世論調査は一定の参考にはなることを認めつつも、選挙結果に関しては神のみぞ知るということなのだろうか。

 一点付け加えるならば、今回の選挙の最大の争点はもはや得票数ではなく、透明性に関わるものである。またの機会があればこちらも紹介したい。