たとえ言葉が風だとしても~開発的ビジネス論序論~

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日本の「一人あたり国民総所得」は右肩上がり~アフリカ経済指標の誤解と曲解~

〈過熱するアフリカ報道〉

 この頃はアフリカのマクロ経済を巡り、経営コンサルタントエコノミストなど、様々なアクターが積極的に情報発信をしている。週刊誌にもアフリカ経済の情報が取り上げられることが多くなり、開発研究に関わっている筆者としてはより開かれた議論が展開されることを望んでいる。

 しかし、中にはより慎重に問題を考えた方が良い事例も少なくない。その一つがアフリカにおける中間層論である。たとえば、このような主張が散見される。「アフリカは一人あたり所得が向上しており、中間層の人口増加も進み、市場としての存在感が増している」。この説明は多くの問題がある。結論から述べたい。

 

1. 一人あたり所得の増加が、そのまま中間層人口の増加に繋がる訳ではない

2. 中間層人口の絶対数は伸びているものの、人口比率でみた中間層割合の伸びは確認されていない

3. 経済指標を正しく理解しなければ、投資判断や事業判断に誤りが生じる可能性が高い

 それでは、一つずつ説明をしていきたい。

 

〈マクロ経済指標と平均年収~日本の一人あたりGNIを参考に~〉

 おそらく、週刊誌などで散見される上記の説明をする者の多くが一人あたりGNI(国民総所得)を参照して、主張を展開していると思われる。GNIの分かりやすい説明はSMBC日興証券の説明を参照されたい。

GNI│初めてでもわかりやすい用語集│SMBC日興証券

 さて、マクロ経済指標を理解するコツの一つとして、最も分かりやすい例、つまり自国の数字を見てみる方法がある。世界銀行のデータベースを見てみると、日本の一人あたりGNI(購買力平価)はここ25年ほど、順調に右肩あがりであることが分かる。ちなみに、アフリカ諸国(サブサハラ)も順調に右肩あがりである。上が日本、下がアフリカ諸国のデータである。

GNI per capita, PPP (current international $) | Data

GNI per capita, PPP (current international $) | Data

 この数字を見て驚かれた方も相当数いるのではないか。何故なら、近年の日本の経済状況は非正規雇用者の増加、平均年収(厳密には給与所得者、つまり雇われて給料を貰う者≒サラリーマンが対象)の継続的低下などあまり景気の良い話は聞かないからだ。国税庁民間給与実態統計調査を参照すると2005年を基準にして、ここ10年で平均給与は年間437万円から420万円に減少している。

http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/minkan2015/pdf/001.pdf

 統計局の調査によれば、2016年の日本の総労働人口は6648万人で、その内雇用者は5729万人である。つまり、国民の大部分がサラリーマンの日本で平均年収が下がり、一人あたりGNIは上がるという現象が起こっている。

http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/index1.pdf

 一人あたりGNIを見て、「日本は一人あたり所得が向上しており、中間層の人口増加も進み、市場としての存在感が増している」と言われてみると、違和感を感じないだろうか。なぜこのような現象が起こっているのかというと、極めて単純である。一人あたりGNIという指標が、国民が実際に受け取る所得や中間層を表す数字として意味をなさないからである。

 

〈正しいマクロ経済指標の理解とは〉

 そもそもGNIとは何かを考えると、国民が年間新たに生産した財・サービスの付加価値の合計である。実際の所得ではない。そして、一人あたりGNIはこれを単純に人口で割った数字である。それ以上でもそれ以下の意味も無い。たとえば、人口の99%が現在の所得から半分ほど年収が下がり、残りの1%がミリオネアやビリオネアになった場合、一人あたりGNIは上昇する可能性がある。言い換えるならば、平均値に分布を表す意味は存在しないため、一人あたりGNIを用いて中間層が増加しているとか減少しているとかは言えないということである。より正確には、一人あたりGNIを用いて中間層の増加を何とか説明する手立てもないではないが、そのためには厳密な根拠と正確な理論が必要になる。しかし、現状のアフリカマクロ経済に関する報道では、こうした根拠と理論は見受けられない。よって、それらの報道を鵜呑みにすることはできないのである。

 

〈中間層実態と社会背景〉

 ここでは白戸圭一氏の中間層論を参照されたい。この論文を参照すると、ILO定義ではアフリカで中間層の割合はほぼ変動していないことが分かる。

http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2016-04_004.pdf?noprint

 これまでの議論を踏まえた上で、このような反論があるかもしれない。「アフリカで一人あたりGNIが上昇していることは実際の所得向上や中間層の増加を表す数字ではないが、それらを否定する数字でもない」。その通りである。そのため、現実のアフリカ諸国の現状を考えてみよう。

 アフリカ諸国で働く労働者の大半はインフォーマル部門の労働者である。つまり、企業に属さず、また多くの場合税金なども払わず、靴磨きや露天商、密造酒の製造やウェイター(ウェイトレス)として、その日暮らしに近い生活を送る人々である。ILO(国際労働機関)専門家のフレデリック・ラペイエ氏は「アフリカでは多くの国で農業外就業人口の半分以上をインフォーマル経済の就業者が占め、例えばタンザニアでは76.2%、マリでは81.8%に達しています。」と発言している。

事象解析:インフォーマル経済: ILOの新基準を用いてインフォーマル経済の罠から抜け出す方法

 加えて、近年のアフリカ経済の問題として、雇用なき成長とか貧困削減なき成長という言葉がある。華々しいGDP成長に比べて雇用が増えておらず、貧困削減効果が薄いのではないかという議論を表した言葉だ。貧困削減がないにも関わらず、中間層人口は増加するだろうか。日本の報道とはまるで真逆の様な問題提起が開発援助機関や開発研究機関から発せられるているのである。そして、こうした現状を踏まえた上で、果たして魅力的な市場へと成長する兆しを見つけ出すことができるだろうか。筆者は積極的に肯定することはできない。

 マクロ経済指標とは経済状態を正しく理解するための補助線のような役割であると、筆者は考えている。日本の様に確度の高い統計データが完備されている国は世界的にみれば少なく、ましてやアフリカ諸国のデータには何かと問題が多い。それらをあたかも絶対解として理解することは、実際の経済状況を誤解あるいは曲解してしまう可能性を常にはらんでいる。経済指標を用いる場合は適切に、尚且つ適用する国の社会背景まで理解して用いなければ、誤解するリスクは跳ね上がるだろう。

 これら経済指標の理解に関する議論は初歩的なもので、経済学部ならば学部レベルの議論であろう。数字は分かりやすく強力であるが、それに振り回されることがあってはならない。冷静な報道が広まることを願っている。