たとえ言葉が風だとしても~開発的ビジネス論序論~

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2017年選挙後暴力に備えるナイロビ市民

〈避けられない危機なのか〉

 弊社がWEBメディアに加えて調査事業を行うことに関しては前回記事で触れた。弊社が現在進めている調査は、新興中間層地域にあるスーパーマーケット利用者の基礎的な家計調査だ。ときに投資理由として、ときに経済成長の根拠として新興中間層は取り上げられるが、その実態まで精査した調査はあまり行われていない。本調査は新興中間層でも将来的にビジネスターゲットとして設定されることが多いと思われる、チェーンスーパーケットの利用者を対象に1000世帯に対する定量調査を進めている。調査内容は主に所得、消費、貯蓄、所有財産についてである。このデータはデータスクリーニング後に無料で公開する予定なので、必要としている個人あるいは法人があれば私か会社まで連絡してほしい。選挙の影響がなければ8月2週目を目処に公開できるはずだ。

 今回は本調査で得られている定性部分、つまり現在の住民の動向を伝えたい。また、本稿で指すナイロビ市民とは、厳密には「新興中間層のチェーンスーパーマーケット利用者」を指していることに留意されたい。

 ナイロビ市民が現在進めていることは、選挙後暴力に備えた飲食物を蓄えることだ。前回記事で少し触れた2008年の選挙後暴力では、暴力が発生した期間中にスーパーマーケットが閉鎖し、暴力問題と同時に食料問題が発生した。そのため、ナイロビ市民は比較的安全な現在から飲食物の備えを始め、危機に対処しようとしている。調査員からの聞き取りによれば、小魚の乾物やウンガ(メイズの粉、主食であるウガリを作るもので、本来は商品名)、小麦粉など日持ちのするものを中心に備蓄が行われている。日本であればインスタントヌードルの備蓄が進むかもしれないが、ケニアでは未だ馴染みのある食品とはいえず、普及活動が進められている段階だ。将来的に災害や危機発生時にケニアでもインスタントヌードルの有用性が認識されるかもしれない。

 

〈直撃するウンガ不足〉

 ケニア北部あるいは北東部を直撃した干ばつの影響で、ウンガの値段が上昇したり、品不足になっている現状があることをご存知だろうか。現在でも品不足気味の状況は変わらず、選挙後暴力対策用の備蓄も相まって、ウンガの需要と供給のギャップは拡大している。ケニア政府はウンガ対策で後手に回り、未だ十分な対策が実行されているとはいえない。

 国民の主食が不足気味となると。一体誰が被害を被るのか。それは多くの場合、経済的な弱者、つまり貧困層や下位中間層だろう。人口比で見た彼らは国民の多数派を形成している。こうしたウンガ不足が選挙結果に直接的な影響を与えることは最早避けられることではなく、選挙を振り返ったときの一番のターニングポイントとなることだろう。食が豊富で多様な我々日本人には理解しきれないかもしれないが、こうした経済的に弱い立場の者にとって、ウンガを唯一の生命線と認識しているものも相当数いるだろう。筆者の調査チームは全てスラム住民で構成されている(しかし、カレッジ卒業者や大学卒業者が大半であり、ナイロビ大卒の調査員もいる)。彼らから聞き取りを行うと、暴力が間近に迫っている中、ウンガ不足が与える精神的負担は甚大であると言わざるを得ない。

 

〈ナイロビ市民の暴力認識〉

 多くのナイロビ市民にとって、2017年選挙後暴力とは「可能性がある」とか「可能性が高い」とかではなく、むしろ暴力発生を前提とした食料確保が必要な状況と認識されていることだろう。暴力の有無を論じる段階と暴力を前提に備える段階とでは天と地ほどの差がある。調査員からの聞き取りによると、2013年選挙と比較した時、今回の対応には強い危機感を感じ取っているようである。その点には筆者も同感である。今回選挙は前回選挙とは明らかに性質が違うものであり、暴力が発生することを止められない構造的問題がある。本稿ではそれらに対する説明を省くが、日本人の我々も暴力発生を前提とした行動が必要があると指摘したい。

 ナイロビ市民、いや、ケニア国民には2008年の選挙後暴力は未だ過去のものではなく、現在もその恐怖を覚えているものが多い。悲惨な過去から得られた教訓が現在の彼らの対応を促しているのならば、やりきれない気持ちを感じる。しかし、備えが必要なことに間違いはない。何もないことが一番であるが、状況はそれほど楽観的ではない。

 

〈日本人に必要な備えとは〉

 基本的な安全対策は大使館から指示に従えば間違いないだろう。2008年の暴動時に被害者を出さなかった大使館の対応は素晴らしく、適切であった。今回も大使館の指示に従うことを前提に、必要であればその他の対応を加えていくということがセオリーになる。

 何点か状況を確認すると、必要なことが見えてくるかもしれない。先ず、ナイロビ市民と同様に飲食物の備蓄を勧めるべきだ。選挙が近づくに連れて品薄状態は進むことだろう。早期の行動が重要である。加えて、十分な現金(シリング、米ドル)の確保だ。暴動が与える社会的影響は計り知れない部分があり、カードを所持しているだけでは対策は十分とは言えないだろう。危機が発生したときに強いキャッシャを確保し、場合によって別地域の避難を行える体制を整えておけば最善である。

 日本人コミュニティの中で危機が過ぎるまで留まれば、おそらく大きな問題にならないと想定している。しかし、近年ではケニア人コミュニティに近い立ち位置で活動されている方も増えているため、ぜひ十分な警戒と備えをもってほしいと思う。